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魂 / SOULを込められたものと向かいあうことができました。
(上:「わが永遠の魂」展示室 下:「建築の居場所」リーフレットより) 少しずつ春の気配を感じるようになった先日、六本木の国立新美術館で草間弥生「わが永遠の魂」と乃木坂のギャラリー間にて堀部安嗣「建築の居場所」の展覧会に行って来ました。 世代も表現も全く異なる二人の作家ですが、魂/SOULに満ちたものを創出する、その大切さを信じ、それにつき動かされて日々作業に向かう、そういう意味では強く共通していると、深く感じることができました。 想像するに、魂/SOULを込めること、きっと彼らにとってその作業は、ほかに取り替えることができない、かけがいのないことであるでしょう。そして、魂/SOULを込めるその作業そのものが、彼ら自身の生の証明でもあり、暮らしでもあり、希望なのだと私は思います。 そして彼らのペインティングや建築に生命を認め、それら自体が魂/SOULを宿していると感じるのは、一筆一筆の痕跡や、屋根の軒先の納まりとそこから落ちる雨の滴のなかに、二人の作家の身体表現、苦行あるいは修行ともいえそうな、けれども本人たちにとっては喜びそのものでもあるような作業、それが指先を介して伝えられ、また定着しているからなのかもしれません。 私自身もロンドンのAAスクールに留学していた時分に、自分の机に向かって、先のとがった細いペンで延々と一心不乱に自分の計画した建物や、その周囲の植物の姿を細かく描いていたことがありました。今思い起こせば、それは紙の上の建築/ドローイングに魂を伝えるという作業だったのかもしれません。当時は私だけでなく周囲の学生達も同じように、それぞれの方法でドローイングに生命を与えようとしていたように思います。そんなことも思い出しました。 話を戻せば、私たちもよく建物を擬人化して見ていることがあります。そのような見方や捉えかたは、なかなか理解されにくい場合もあったように思いますが、魂/SOULが込められたものは、それが物であれ建築であれ音楽であれ料理であれ文章や書物であれ、間違いなくこちらがそこに向かい合う気持さえあれば、彼らが語る言葉や鼓動に耳を傾け、また話しかけることができる、そう思います。 そのような交感を生み出すことができること、ここに魂/SOULを込めることの意義があるのだと考えます。 そんなことを考えさせてくれ、日々の自分自身の作業についても振り返る機会になった、有意義な時間でした。
by prospect-news
| 2017-03-18 13:19
| 随想
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